共通券 ドゥオーモ・ビッグ・チケット (Great Museum Cathedral)

共通券 ドゥオーモ・ビッグ・チケット (Great Museum Cathedral)

重要:ご注意ください!入場するためには、お申し込み後に弊社から送られるチケットのご提示が必要です。銀行が発行する領収書をご提示になっても、入場は認められません。

 

前売り共通券のドゥオーモ・ビッグ・チケットはオンラインで購入できます。このチケット1枚で、ドゥオーモ広場の数々のモニュメントに入場できます。入場可能な場所は次の通りです。:

 ・ドゥオーモの身廊

 ・ブルネッレスキのクーポラ

 ・ジョットの鐘楼

 ・サン・ジョヴァンニ洗礼堂

 ・サンタ・レパラータの遺構

 

前売りで購入したドゥオーモ・ビッグ・チケットで、これらの場所すべてに入場できます。同じモニュメントへ2度入場することはできません。

 

前売りチケットを購入しても、モニュメントへの優先入場予約をしたことにはなりません。またチケットの有効時間にご注意ください。

 

ドームの予約は必須です(無料、空室状況によります)。一度にチケットを購入することができます。こちらをクリックしてください

 

予約フォームには、開館時刻が記載されています。チケットがお使いいただけるのは、購入時にお選びいただいた日から6日後の24時までです。チケットの有効時間は、最初のモニュメントへの入場時から48時間以内となっています。

 

重要:見学日を間違えて選んでしまった場合でも、返金に応じることはできません。

 

チケットに記されているバーコードを、各モニュメントの入場口でお使いください。読み込みができないことがあるため、タブレットのご使用はお控えください。

 

前売りチケットをご購入いただくと、モニュメントで入場の順番待ちの列にすぐに並ぶことができます。チケット販売窓口前で長蛇の列に加わって疲れずにすみます。

 

このチケットは、ほかの人に譲渡することはできません。

 

重要:チケットのご予約が完了すると、弊社よりお客さまへ確認のメールを送信します。メールを確実にお受け取りになれるように、メールアドレスは正確にご入力ください。また弊社からのメールがブロックされないように、迷惑メール防止機能の確認をお願いします。

 

キャンセルについて:チケットがご使用になれる期間を通じて、モニュメントが閉鎖された場合を除き、チケット料金の払い戻しはできません。

**注意のグループ:10ユニットのグループは、そのすべての10人または一部を発注することが必要であるためにチケットを適切に生成するため、注文ごとのチケットの最大数は10です。 **

 

重要:服装と振る舞いについて:

ドゥオーモ広場にあるモニュメントは、信仰と祈りのためのものです。見学される方には、信者の方への配慮を忘れず、いくつかのかんたんな規則を守って場所にふさわしい行動をしていただくようにお願いします。行動の規則を遵守できない方は、前売りチケットを持っていても、入場を断られたり、モニュメントからの退場を命じられたりすることがあります。服装にはとくにご注意ください。ふさわしい服装でなければ、入場はできません。

 

 ・ふさわしい服装を心がけましょう。神聖な場所にふさわしくない服装だと、入場できない可能性があります。肩と脚を露出する服装は避けてください。この点に特に注意。大聖堂、洗礼堂と墓所へのアクセスは、適切な服装なしで拒否されます。

 ・騒がしくしないようにしましょう

 ・携帯電話の電源はオフにしましょう

 ・飲食は禁止です

 ・ペットの入場はできません

 ・作品に手を触れてはいけません

 ・喫煙は禁止です

 ・フラッシュや3脚の使用は禁止です

   ・入り口は大きなスーツケースで許可されていません

   ・ 存在しないワードローブ

 

ドゥオーモ付属美術館
建築家ルイージ・デル・モーロの設計に基づき、1891年開館の歴史ある美術館です。1966年にフィレンツェを見舞った大洪水により被害を受けました が、1999年12月に現代的設備を備えた美術館として新たに整備されました。今日では、イタリアで最も重要な教会付属美術館として広く認識されていま す。美術館として使用されている建物は、1400年代に購入された粗末な家屋を土台に建設されたものです。ドゥオーモの外側、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、 ジョットの鐘楼にかつて置かれていた作品のうちで、安定した環境での保全が必要と考えられるものはすべて、1800年代の終わりまでにこの美術館へ移され ました。ドゥオーモ建設のいくつかの段階で作りだされ、工匠たちの工房の中で磨きあげられてきた作品ばかりです。したがって、ドゥオーモの歴史から生み出 されたこの美術館の収蔵作品は、非常にフィレンツェらしい特色に溢れた伝統的造形芸術の宝庫といえます。

たとえば、1587年までドゥオーモ正面に残っていた、最初のファサードの変遷が挙げられます。フィレンツェの新たな都市計画を企画していたトスカーナ大 公フランチェスコ1世は、建築家ベルナルド・ブオンタレンティの薦めに従い、ファサードをより近代的なものに代える計画を立てます。計画は実行に移され、 古いファサードは撤去されましたが、肝心の新しいファサードのデザインに非難が集まり、計画はとん挫しました。そのまま放置されていたドゥオーモの、新た なファサードのデザインが決定されたのは1871年のことでした。

ファサードが新しいデザインで作られたことにより、ドゥオーモの外側を飾っていた彫刻類は撤去されることになり、美術館へ収められました。美術館で見るこ とのできる、最初のファサード時代作品といえば、1階に置かれているアルノルフォ・ディ・カンビオによるオリジナルの彫刻群、また後世の修復を経ています が、ギベルティが洗礼堂の扉のために作成したオリジナルの青銅製パネルなどが挙げられます。また金地を背景に描かれた装飾のある部屋や、聖遺物箱を収めた 礼拝堂も美術館内にあり、リブレットの素晴らしい聖遺物箱の数々を鑑賞することができます。階段を登ると、美術館の至宝に出会うことになります。ミケラン ジェロが作った3つのピエタのうちの第2作品が階段の途中に展示されているのです。

2階は聖歌隊席の間です。ここでの最大の見どころは、ドゥオーモ内陣から移された、ルカ・デッラ・ロッビアとドナテッロが競作した、聖歌隊席のレリーフで しょう。建築的視点、造形技術的視点からみて、いずれもルネサンス彫刻の非常に重要な発展段階を示す作品です。さらにここでは、ジョットの鐘楼のニッチに 置かれていたオリジナル彫刻も展示されています。

隣の部屋では、ジョットの鐘楼を飾っていた6角形とひし形のパネルが展示されています。アンドレア・ピサーノ、アルベルト・アルノルディ、ルカ・デッラ・ ロッビアなどの名工が手がけたオリジナル作品です。美術館にはこうしたルネサンス期の作品の他にも、16、17世紀作成のものもあります。いずれもトス カーナ派の作品で、ドゥオーモが19世紀に最終的に完成するまでの過程で、何世紀にも渡って続けられた工匠たちの努力の結晶です。隣接するいくつかの部屋 は、フィリッポ・ブルネッレスキのクーポラの木製モデルと建設道具の展示室となっています。

聖歌隊席の間の隣は、ドゥオーモ所有の宝飾品の間です。13世紀から17世紀までの間に使用されてきた儀礼用の聖具類、ルカ・デッラ・ロッビアの細工だと 思われるプロセッション用の十字架、金刺繍が施された16世紀のタピストリーなどの見どころがありますが、なにより有名なのは、部屋の中央に安置されてい る、ドナテッロ作の木製のマグダラのマリア像でしょう。さらに、ミケロッツォ、ヴェロッキオ、アントニオ・デル・ポッライオーロ、ベルナルド・チェンニー ニらによって1366年から1480年にかけて作られた、フィレンツェ金細工の最高峰ともいうべき出来栄えの、サン・ジョヴァンニ洗礼堂の祭壇も見逃せま せん。祭壇上部に飾られている十字架の素晴らしさも申し分なく、これらが使用されていたかつての洗礼堂の美しさを十分に偲ばせてくれます。

フィレンツェの歴史の証人とも言うべき重要な価値をもつ収蔵品として、3つの典礼書と、16世紀の様式で描かれた細密画のある聖歌集が挙げられます。 1966年の大洪水で手稿本のコレクションは大きな被害を受け、58点もあったにもかかわらず、救い出されたのはその4点だけだったのです。最上階には、 目の不自由な方のための鑑賞コーナーが設置される予定で、彫刻のコピーに直に触れることで収蔵品を楽しんでいたでけるようになります。将来的には、子ども たちが作品を学ぶためのためのコーナーを設けることも検討中です。

しかしこの美術館のこうした新設備は、あくまで仮設のものとなりそうです。現在の美術館の隣にある、旧イントゥレピィディ劇場の建物を改築し、ドゥオーモ 付属美術館は新しく再オープンすることが決定したからです。この旧劇場の敷地は、フィレンツェの人々が「中心街のガレージ」として使用してきた土地で、約 2000平方メートルの広さがあり、ここを利用することで、フィレンツェで「命を与えられた石」ともいうべき彫刻たちを、さらに効率よく鑑賞していただけ るようになるでしょう。

財団オペラ・デイ・サンタ・マリア・デル・フィオーレは、ドゥオーモ、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼で構成される、大聖堂に関わるすべての作 品の保存に努めています。しかし保存作業において何より欠かせないのは、現代の大理石職人と石工による熟練の技であることもまた、記憶に留めておきたいも のです。

フィレンツェ、ドゥオーモのクーポラ
尖頭アーチをもつ8面構成のこの美しいクーポラは、フィリッポ・ブルネッレスキの設計により、1418年から1434年にかけて建設されました。ブルネッ レスキは、サン・ジョヴァンニ洗礼堂北扉のための1418年の有名なコンクールで実力を知らしめた建築家です。多くの反対意見があったものの、コンクール 後の1420年、彼はこのクーポラの建設主任に任命されました。未完の部分がありましたが、4年後にクーポラ登頂の円環が閉じられたことでクーポラは一応 完成し、1436年3月25日にドゥオーモの献堂式が行われています。

このクーポラの工法については未だに謎が残り、よくわかっていない部分もあります。ただブルネッレスキが建設上の問題を克服して作り上げたクーポラが、建 設技術においても規模においても、世界有数の建築物であることは間違いありません。クーポラ建設の工程に従ってその細部を見ていくと、フィリッポ・ブル ネッレスキの天才が随所に発揮されていることがわかります。彼が石造クーポラ建設において発揮した才能は世界一だといってもいいでしょう。クーポラの連絡 壕や、教会側に取り付けられた通路を通り、町を一望できる頂上(地上92m)に至る階段を登ると、何世紀も前にここを行き来した人々も感じたに違いない感 動を、今でも体験することができます。クーポラの内側には、3000平方メートルもの大きさをいっぱいに使ってフレスコ画が描かれており、教会側の通路に 立つと、これを間近に眺めることができるのです。

クーポラの直径は45.5m、サン・ジョヴァンニ洗礼堂とほぼ同じサイズで、これほどの巨大さは当時先例がありませんでした。ブルネッレスキは、前例のな い大きさのクーポラを作るために、ここで革新的な建設技術を導入しました。クーポラの煉瓦積みにおけるヘリンボーン工法の導入と、2重構造のクーポラで す。新しい煉瓦積みの方法により、クーポラの壁はシェル構造を与えられ、支柱がなくとも重力の分散によって自らを支えられるようになりました。そしてこの 工法で、最初に作ったクーポラ内殻に寄り掛かりながら、外側を覆うより大きな外の壁を作ったのです。2つの壁の隙間(幅は2m以上の箇所もあります) は、もとは、この大きなクーポラの外殻を建設するための作業用スペースだったというわけです。クーポラ上部には、ブルネッレスキのデザインになる、円錐状 のカバーをつけたランタンと呼ばれる尖塔がありますが、これが置かれたのは彼の死(1446年)の後のことでした。ランタンの上に置かれている、十字架を 乗せた金色の銅球は、アンドレア・デル・ヴォロッキオの作です。内部には聖遺物が収められており、1466年にランタンの上に設置されました。

ブルネッレスキのクーポラの内側に描かれているフレスコ画は、1572年から1579年にかけて、ジョルジョ・ヴァザーリとフェデリーコ・ズッカーニによ り作成されたもので、図像のテーマは、サン・ジョヴァンニ洗礼堂内部の装飾と同じ最後の審判です。1978年から1994年まで、大規模な修復作業が行わ れ、クーポラ内側のフレスコ画は往時の輝きを取り戻しました。

ジョットの鐘楼
ジョットの鐘楼は、ドゥオーモ広場を構成する主要建築物のひとつです。高さ84.7メートル、幅が約15メートルもありながら、見る者に安定感を感じさせ るこの鐘楼は、14世紀を代表するフィレンツェ・ゴシック建築の素晴らしい代表作です。鐘楼の4角に、補強のための柱状の構造が組み込まれたおかげで、高 さの割にどっしりと安定した印象を与えます。

ドゥオーモに使用されているものと同じ白、ピンク、緑の大理石を使用した、角柱型のこの堂々たる鐘楼は、1334年にジョットの監督により着工されました。イタリアで最も美しいと讃えられるこの鐘楼は、機能面よりも装飾性を重視して建設されたもののようです。

しかし着工後間もない1337年にジョットは死去します。彼の生前に完成していたのは、鐘楼の下部の第1工程にすぎませんでした。ちょうど、六角形のパネ ルと浮き彫りが施されているあたりまでがジョットが生前に完成させることのできた個所です。この個所の六角形のパネルは、ジョットのデザインに基づいてア ンドレア・ピサーノが制作し、青の背景に作られた浮き彫りは、同じくアンドレア・ピサーノとルカ・デッラ・ロッビアが共同で制作したものです。

ジョットのプランに従ってアンドレア・ピサーノは建設を引き継ぎ、鐘楼の二階部分までを完成させました。外壁の菱形装飾を手がけたのはアルベルト・アルノ ルディです。六角形と菱形の羽目石に施された豊かな装飾のうちには、キリスト教的宇宙観と贖罪のコンセプトが盛り込まれています。

鐘楼の壁に並べられた彫刻群も見逃すことはできません。これらは鐘楼を飾る装飾物というよりも、むしろこの建築物の一部と表現するほうがふさわしいほど建 物にとけこんでいます。2段目の16のニッチには、アンドレア・ピサーノの手になる、王とシビッレ、教父、父祖たちの彫刻が並んでいます。ナンニ・ディ・ バンコとドナテッロも作成に参加した預言者像は特に秀逸で、15世紀自然主義彫刻の最高傑作だと言われています。現在、彫刻のオリジナルは、保存目的によ り、ドゥオーモ付属美術館にすべて収められています。彫刻群の上部にある、大理石に穿たれた彫刻の置かれていないニッチも、アンドレア・ピサーノによる作 成です。

1348年から1350年までに、2年間、建設作業は中断しましたが、黒死病の疫禍を乗り越えて1359年に鐘楼はようやく完成しました。建物上部の窓の ある階を担当したのは、天才フランチェスコ・タレンティでした。上半分に窓を開けることにより鐘楼内に光が取り込まれ、建物に軽やかさが加わります。窓 は、シエナ風の2連窓と、少し大きめの3連窓です。窓のこうしたデザインによって、全体としては古典的な様式でありながら、非常に優美なゴシック風の印象 を与えるのです。400以上の階段を登りつめた先に、外へ向けて張り出した大きなテラスがあります。タレンティが制作した箇所で、見晴らしのよい鐘楼の頂 上です。ジョットの元のプランでは尖塔をつける予定だったものを、彼が変更して現在のような形に仕上げたと言われています。

サン・ジョヴァンニ洗礼堂

洗礼堂は8角形のプランで、内部はプラート産の白と緑の大理石版で覆われています。天井は、外壁と8点で接するクーポラで、その外装は第3層の付け柱装飾 の上部に作られた石版で作られ、屋根は低く押しつぶされたような形のピラミッド型です。しかしこの非常に美しい洗礼堂の建設時期は、ごく最近まで明確では ありませんでした。

サン・ジョヴァンニ洗礼堂は、もとは古代ローマ時代の異教の神々のための神殿で、のちにキリスト教のために奉納し直されたのだと、中世のフィレンツェでは 信じられていました。事実、数々の石の断片や古代の碑文、扉の梁などは、ローマの植民市「フローレンティア」時代のものです。この洗礼堂で使用されている 大理石の多くの部分は、古代ローマ時代の建築資材を再利用したと思われます。

つまり、現在のサン・ジョヴァンニ洗礼堂の元になっているのは、4、5世紀に同じ場所にあった建築物です。20世紀になってから本格的な発掘調査が行わ れ、洗礼堂とドゥオーモの地下から、ローマ時代の建築物の遺構が発見されました。床にある格子から地下を覗いてみてください。幾何学文様のモザイクがあし らわれた、ローマ時代の家の床の遺構を見ることができます。

サン・ジョヴァンニ礼拝堂が、緑と白を組み合わせた寄せ木細工のような美しい模様で再装飾されたのは、1100年代の初めのことでした。そして12世紀後 半になり、最上層に大理石の付け柱と、ピラミッド型の屋根が乗せられ、頂点にランタンも付け加えられました。さらに1202年には、もともと半円形をして いた祭壇後方の後陣が、現在のような長方形に改築されました。しかしこのように、かなりの改築を経た現在の建物からでさえ、フィレンツェ市民が伝統的に持 ち続けている、ローマ風建築への嗜好が随所に見受けられます。

11世紀には、礼拝堂内部の大理石を整える修復が大規模に行われました。貴重な1石作りの柱や2つの石棺がこの頃に設置され、さらに内部の柱を、ローマの パンテオンを思わせる壮麗なものに代えました。モザイクの絨毯が敷かれているかのような美しい床模様のうちでも、黄道十二宮を描いたビザンツ風の優美な細 工は特に見逃せません。祭壇後方の右側に安置されているのは、司教ラニエリの石棺と、対立教皇ヨハネ23世を名乗ったバルダッサーレ・コッサの墓です。 コッサの墓の上には、1113年の日付のあるレオニーニの6韻詩が彫られていますが、石棺自体は、ドナテッロとミケロッツォが1421年から27年にかけ て制作したものです。

洗礼堂内部に設置された数々の装飾品も、この建物に華やかさを添えています。らせん状の柱の上の一対の聖水盤、アルノルフォ派制作のゴシック様式の燭台、アンドレア・ピサーノの弟子の作品と考えられる、14世紀末制作の洗礼盤などは見事です。

13世紀には、ヤコポ・トッリーニと、フィレンツェ派絵画の新鋭であったチマブーエ、コッポ・ディ・マルコヴァルドらも加わり、後陣とクーポラ内部のモザ イク装飾を作り上げたと考えられています。モザイクは巨大な審判のキリストをあしらったもので、クーポラの8面のうち3面を使って、最後の審判の場面を表 現しています。その上の5つの面は、フィレンツェの守護聖人であるサン・ジョヴァンニ、キリスト、ヨセフ、創世記の場面です。クーポラの天井の最も高いと ころには、天使団のモザイクが配置されています。

サン・ジョヴァンニを守護聖人としていたカリマーラ・ギルド(羊毛輸入業者組合)が資金を提供することで、洗礼堂に3枚の新しい扉を設置することが決まり ました。最初に作られたのは現在の南扉で、1330年から1336年にかけて彫刻家アンドレア・ピサーノが制作したものです。この扉は、ドゥオーモと向か い合う東側の扉(正面扉)として使用されていましたが、のちにギベルティ作の有名な「天国の扉」に場所を明け渡すことが決まり、現在のように南側に移され ました。南扉の表面には、上部の20枚のパネルで洗礼者の生涯が、残りの8つのパネルで、キリスト教徒の美徳が表わされています。フリーズは、ロレン ツォ・ギベルティの息子であるヴィットーリオ・ギベルティによって、15世紀半ばに付け加えられたものです。扉の梁の上に置かれている洗礼者、首切り役 人、サロメのブロンズ像は、ヴィンチェンツォ・ダンティによって1570年に制作されたものです。

2番目に設置されたのは北扉です。1401年の有名なコンクールで課題とされたのが、この扉を飾るブロンズ装飾でした。最終的に勝ち抜いたのはロレン ツォ・ギベルティで、彼が北扉の制作担当に任命されました。しかし勝つことはできなかったものの、ブルネッレスキとヤコポ・デッラ・クエルチアという芸術 家が、これを契機に世間に認められるなど、北扉のコンクールは大きな意義を持つものとなりました。さて、ギベルティがこの北扉に彫ったレリーフの基本構成 は、南扉とほぼ同じです。上部の20枚のパネルには新約聖書の場面が表現され、その下の8枚のパネルで福音史家と4人の教父が表現されています。側柱はキ リストの生涯の意匠で囲まれ、梁の上には、ジョヴァンニ・フランチェスコ・ルスティチ作の、説教をする洗礼者サン・ジョヴァンニのブロンズ像が置かれまし た。窓の上に、カリマーラ・ギルドの紋章である、羊毛の束を脚で掴む鷲の像が置かれています。

コンクールの勝者となったギベルティは、北扉に続いて、東扉の制作の注文を予定通り受けました。注文を受けたギベルティと彼の工房は、ルカ・デッラ・ロッ ビアの助けも借りながら東扉の制作に着手します。ここで彼は、他の2つ扉とは異なり、やや大きめの10枚のパネルで分けたレリーフで扉を仕上げました。東 扉は、ルネサンス芸術の代表作とでもいうべき素晴らしい浮き彫りで飾られ、ミケランジェロが後に、この扉のことを天国の門と呼んで称賛したことでも有名と なりました。
旧約聖書の場面をパネルのデザインテーマとして取り上げていますが、ここに見られるのはもはやゴシックの手法ではなく、遠近法を使用した、ドナテッロ風の 薄肉彫に近い優美な浮き彫り表現です。扉上部の彫刻群は1502年に、アンドレア・サンソヴィーノとインノチェンツォ・スピナッツィによって制作されたも のです。興味深いのは、天国の門の両側にある鉄色をした火成岩の円柱でしょう。これは、ピサからフィレンツェへ贈られたものです。バレアレス諸島において イスラム勢力と戦闘中のため、国内の防衛に対し軍を回す余力のなかったピサは、トスカーナ地方の他のコムーネと平和協定を結んでいました。ところがルッカ がピサを攻撃し始めたため、フィレンツェは1117年にピサに対し援軍を派遣しました。コムーネの苦境を救ってくれたフィレンツェに対する、ピサからの謝 意の印がこの2本の柱なのです。

サンタ・レパラータ教会遺構の考古学エリア
1965年から1973年まで、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の地下を掘る、大規模な調査作業が行われました。これにより、サンタ・レパラータ 教会の遺構が初めて私たちの目に触れることになったのです。この調査の前には、サンタ・フェリチタ教会とサン・ロレンツォ教会に関して、同様の地下調査が 実施されましたが、十分な成果を得ることができませんでした。したがってサンタ・レパラータ教会の遺構は、フィレンツェにおける初期キリスト教文化を伝え る最も重要な遺跡といえます。現在、地下約2.5mのところに、初期キリスト教時代の古い教会跡が埋まっています。度重なる修復の痕跡があり、ヴェッキオ 宮ができるまで、フィレンツェ共和国の評議会の会合場所として使用されていた場所でもあったこともわかっています。

サンタ・レパラータ教会は、トスカーナ地方で最も規模の大きい初期キリスト教時代の建築物の1つでした。サン・ジョヴァンニ洗礼堂の正面に位置し、現在の ドゥオーモよりも8メートル手前に建っていました。ラヴェンナにある有名なサンタポッリナーレ・ヌオーヴォ教会によく似た構造で、優美な通路と大理石の柱 を持ち、開放性の高い、採光のいい作りであったと考えられています。後陣の聖域部分と、それ以外の俗域を区別する柱があり、さらに列柱で区切られた3つの 身廊がありました。聖体拝領のときに使用する廊下が中央の身廊へと続いていたこともわかっています。この教会設立の契機としては、ゴート族の王ラダガシウ スに対する勝利という説が有力です。

ゴート族やビザンチン勢力との争いで傷みがひどくなったサンタ・レパラータ教会は、カロリング時代になって補修が行われ、後陣部分に左右2つの礼拝堂が付け加えられました。

1050年から1106年にかけて、内陣席と新しい地下礼拝堂がサンタ・レパラータ教会に付け加えられました。地下礼拝堂へは、改築前のサン・ロレンツォ 教会から9世紀にサン・ザノビの遺体が移され、15世紀になって新しいドゥオーモが完成するまでの約40年間、ここでこの聖人の遺体が祀られました。
サンタ・レパラータ教会の改装は、1379年、すなわち新しいドゥオーモ建設が始まる年まで、続けられました。ビガッロ・デッラ・マドンナ・デッラ・ミゼリコルディア博物館に残されたフレスコ画の中に、この最後の時期のサンタ・レパラータ教会の姿が描かれています。

現在のドゥオーモの下に、教会跡が4つ埋もれていることが確認されています。1つは1番最初に建設されたサンタ・レパラータ教会、そして他の3つは改装後 のサンタ・レパラータ教会の遺跡です。現在のドゥオーモへ入ってみましょう。中央の身廊に設けられた1番目の壁柱と2番目の壁柱との間、やや右側に、サン タ・レパラータ教会遺構を発掘するために開けられた地下空間へと続く階段があります。1974年にここは一般公開され、古い教会の壁の遺構や、ローマ時代 のものである「フローレンティア(フィレンツェの古名)」人の家の床の一部を見ることができます。床遺構の表面に残されている14の名前は、教会建設にあ たり資金を提供した寄進者たちのものです。

床モザイクは特に注目に値する素晴らしいものです。床表面を飾っていたのは、十字架を組み込んだ幾何学模様の、美しい多色モザイクで、アクィレイアのドゥ オーモに残る床モザイクに若干似ています。また不死の象徴であるクジャクが非常に美しく描かれているのも印象的です。幾何学模様中心のモザイクの中に、僅 かに残された具象画のひとつとしても、このモザイクの価値は高いといえるでしょう。

14世紀半ば、教会内右側後陣の半円形の壁を飾っていたのは、同時代のジョット派画家による、サンタ・レパラータのフレスコ画でした。死罪を命じられて殉 教したサンタ・レパラータは、今のドゥオーモ内にも祀られており、フィレンツェ人の信仰に深く根ざしている聖女であることがわかります。

数多くの墓標も発掘されました。1353年に亡くなった、サンタ・レパラータ教会司祭のランド・ジャーノの墓を飾る石版は特に美しいものです。1313年 死去のニッコロ・スクアルチァルーピ、1352年死去のジョヴァンニ・ディ・アラマンノ・デ・メディチの墓も確認されました。さらにステファノ9世と、 1058年にフィレンツェ司教を務めたニッコロ2世のものと考えられる、2人のローマ教皇の墓もあります。見学者にとって特に興味深いのは、フィリッポ・ ブルネッレスキの墓標でしょう。ジョット、アルノルフォ・ディ・カンビオ、アンドレア・ピサーノなど、ドゥオーモ建設に携わった他の工匠たちもまた、慣例 どおりとするならば、ブルネッレスキと同じくここに埋葬されているに違いありませんが、発見するにはいたりませんでした。

通常チケット

 

割引チケット

 ・FAIの会員の方

 ・6歳以上11歳以下のお子さま

 

*注意:割引チケットをご購入される場合は、会員であることや年齢などを証明できるものが必要となります。

無料チケットは、チケット販売窓口でお受け取りください。

・6歳未満のお子さま

 ・学生グループの教師や引率者。学生10名につき1枚の無料チケットを差し上げます。

 ・グループの添乗員。20名につき1枚の無料チケットを差し上げます。

 ・治安維持組織。職務上、入場が必要な場合にかぎります。

 ・イタリア国外または国内の報道機関の身分証明書をもっているジャーナリストの方。または教会財産管理委員会から認可されたジャーナリストの方。

 ・障碍者の方(付き添いの方が無料チケットを受け取れるのは、障害が重篤な場合にかぎります)。

 ・ICOMとICOMOSの会員の方。

 ・フィレンツェ市の観光ガイド。

 ・聖職者の方。礼拝目的の信者の方。

 

 

 

ご注意:バウチャーまたはチケットの提示なしに、予約された視力への入場は拒否されます。オーダーの控えでは入場は認められません。例外は認められませんので、十分にご注意ください。
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